Amazon全文検索、MITのオープンウェアについて
圏外からのひとこと(2003-10-29)と記述されているのをCnet Japanの梅田さんのblogで知った。現状でさえ、英語圏の書籍の市場は日本語の何倍もあって良書を入手しやすいのに、こういうサービスや無償公開で世界に広がるMITの授業みたいなものが、英語にはあって日本語には無いとしたら、やる気や好奇心や向上心がある若者はみんな英語で勉強するようになるでしょう。そういう層と日本語しか読み書きしない層がはっきり分化してしまうと思います。アジア諸国はもちろん日本の中もそうなるのが必然です。だって、勉強したり何かを考えるのにこういうツールがあるのと無いのでは、全然パフォーマンスが違います。
こういう問題は、国策として英語対日本語のサービス競争と考えるべきだと思います。
僕も以前からこの問題は頭の片隅に引っかかっていて
今の世界で日本語だけを使ってるていうのは、
MACだけを使ってるようなものだよなぁ
と思っていた。
英語->windows 日本語->MAC
って感じで、ソフトウェアの数や周辺機器の数が圧倒的に違う。
MACにもいいところがあるように、
(そしてMACユーザーが「windowsなんて…」というように)
日本語の方が英語より優れているところもたくさんあると思う。
(例えば表意文字たる漢字とか)
しかし、現代世界の社会的インターフェースとしてのデフォルトが
英語である以上、英語が最も利用価値が高いのも事実。
コンピュータをさわりはじめた人が、
windowsユーザーが周りに多いので
自動的にwindowsユーザーになるのと同じ理由で。
でもって、今から日本語が英語の位置に行けるとも思わない。
(行こうともしてないし)
そういうわけで、英文資料を流し読みして
自分の必要な情報を見つけられる程度の
リーディング力の必要性をより強く感じております今日この頃です。
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